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2008年1月 2日 (水)

横山樹理①・・・チャーミングでした!

横山樹理の今・・・その1:略歴紹介

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この写真は1976モントリオール五輪での対キューバ戦。横山樹理さんがダイナミックなスパイクをする姿です。

樹理さん、そう笑顔がとってもかわいらしかったですね。とにかくそのパワフルなアタックと笑顔のアンバランスがよかった!(笑い)

それではここで、樹理の過去を振り返ってみましょうか。

樹理は中学からバレーボールを始めて、博多女子商業高等学校ではインターハイで優勝。1973年にユニチカニに入社し、この年の6月に18歳で全日本入りしました。

入社4年目に行われたモントリオール五輪では控えのメンバーとして出場し、金メダルを獲得しました。

白井貴子や前田悦智子が引退した後の全日本を支えて、1978年世界選手権、1981年ワールドカップではエースとして活躍し銀メダルを獲得しました。

エースとして金メダルが期待された1980年のモスクワ五輪では、米国主導の西側諸国ボイコット運動の巻き添えとなり、日本は出場辞退。樹理は涙を呑む運命となりました。1982年に引退。

引退後は結婚・出産、帰郷し、中間市で体育指導員をする傍らで地元のママさんバレーチームに加わり、指導にあたり、その期間は15年間にも及びました。

今から丁度3年前に、ママさんバレー45歳以上の部(3部)で沖縄で行われた九州ブロック大会で優勝したのを機にママさんバレーを引退し、ソフトバレーボールなどを友達と楽しみながら行っていました。

そこへ舞い込んだのが、飯塚市にある私立飯塚高校女子バレー部の指導をしてくれないかと言う話でした。去年(2007年)の5月から練習を見るようになって、5月から正式に監督に就任。

NHKテレビ「福岡人間交差点」(NHK福岡制作)で放送され、全国にも紹介されたのでご存知の方もいらっしゃるでしょう。

なぜ樹理が高校の女子バレー部の監督を引き受けたのか、それはまた次回。

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