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2007年10月 9日 (火)

金坂克子 母校で講演

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NPO法人バレーボール・モントリオール会の金坂克子さんが母校の千葉県習志野市立習志野高校で今日、講演を行いました。

金坂さんと高校時代一緒にバレーをやっていた同級生の及川記美代さんが理事長を務める習志野市バレーボール協会の主催で、これに習志野高校が呼応する形で会場を提供してくださいました。

授業が終わる14時40分には、習志野高校のバレー部の生徒、先生方、さらにはママさんバレーの皆さんが高校のセミナーハウスに集合。

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金坂さんは結婚してから転勤族となり、現在は名古屋に住んでいますが、もともとは千葉県の大網出身です。習志野高校13期生としてバレー部で活躍し、日立製作所に入って全日本入り、その後1975年のメキシコで行われた世界選手権では直前に怪我をした松田紀子に代わって正セッターとして金メダルを獲得。続く1976年のモントリオール五輪、1977年のワールドカップまで活躍しました。

今日の講演では最初に1976年のモントリオール五輪の決勝戦感動の金メダルシーンのビデオをみながら、どんなバレーボール人生だったかについて語ることから始まりました。

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高校時代はジャンプ力が68センチもあったという金坂さんはクイックが得意なセンタープレイヤーだったそうです。しかし、実業団の強豪日立に入り、「私の背ではセッターしかないな」と悟って、松田さんのトスをじっと目で覚えることから始めたなど、今まで聞いたこともないような話しも飛び出し、バレー部の生徒たちもじっと耳を傾けていました。

その後、ネパールの難民キャンプに支援に行ったときの模様を、画像に写しながら、この日、司会を務めた宮嶋泰子とともに解説。

ネパールの風習、難民キャンプの暮らし、さらにはなぜ彼ら彼女たちにスポーツが必要なのか、今どんな状態に置かれているかなど、話は多岐に及びました。

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Dscf2986先生によれば、「生徒たちは授業よりずっと一生懸命に聞いていた」とのこと。ちょっと刺激的な講義だったかもしれませんね。もちろん最後は生徒もママさんも金メダルを手にして、はい、パチリ!

講演後、石井先生が、別室で慰労会を催してくれました。なんと・・・・ショートケーキとお茶です。バレー協会の理事を務めるママさんたちと内輪話に花が咲きました。時津風部屋の話に始まり、昔はバレーの指導は軍隊的だった・・・かつてびしびし厳しかった先生が、今は「皆さん、体罰はだめですよ。生徒にはやさしく接して指導しましょう」と言っているなんていう裏話まで飛び出しました。

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それにしてもこのお部屋。トロフィーの山。吹奏楽部、ボクシング部、野球部、バレー部・・・習志野高校は文武両道。スポーツも勉強もがんばる学校のようです。

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及川さん、石井先生、バレー協会の理事の皆様、そして生徒の皆さん、ありがとうございました。

Photo

 

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