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2007年4月15日 (日)

キャンプ地で知ったバレーボール 矢野広美

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金メダルを獲得するために、そしてその強さを維持することだけを目標に、日夜猛練習に明け暮れた現役時代。
自己感情を抑え、勝つために必要な一人の選手になりきることが、私のやってきたバレーボールでした。
自分の中でバレーボールは辛く苦しく我慢するもの、そして何より絶対に負けてはいけないものでした。
そんな私が「楽しむバレー」を、しかも難民の人たちにどう伝えるのか、正直自信はありませんでした。
バドラプール空港からダマクのキャンプ地に向うバスの中で、車窓から目にした景色や人々の姿に胸がいっぱいになりしばらく涙が止まりませんでした。
決して貧しさに哀れんでかわいそうと言う涙ではありませんでした。この条件の中で様々な工夫をしながら懸命に生きている姿に感動しました。
そして、広いキャンプ地に入り、思わず「バイバイ」と手を振る私に手を振り返してくれた子供たちにまた感動でした。
日本では常に、無いと言ったら嘘になる「メダリストとしてのプライド」。ネパールに入っていつからか、素の私になっていました。
3,4ヶ月前、一般の人たちと混ざっての試合で、思うように動けなくて笑われたときは屈辱感しかなかったけれど、難民の女性たちと一緒に、跳ねて、転んで、ボールを追いかけて、まさに自然体でバレーボールを楽しむことができました。
今思えば、私が彼女たちから「楽しむバレーボール」を教わったことに気がつきました。
キャンプのみんな、「ありがとう!」って心の中で叫んでいます。
もう一度みんなと、今度は私たちもチームに混ざって、最終日のように試合ができたらどんなに楽しいかと想像しています。
こんなに素晴らしい体験ができたことをUNHCRと宮嶋さんに心から感謝しております。
                                矢野広美
注)今回のプロジェクトは、UNHCRのダマク事務所所長の根本氏よりかねてからの知り合いであったモントリオール会理事の宮嶋に「バレーを教えに来てくれませんか?」と問い合わせがあったことを発端としてる。参加の打診に最初に矢野広美がOKを出した経緯がある。 
                                                      
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